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映画『ゲド戦記』

「そんな事が出来る生き物は、この地上には一種類しかいない」

有名な海外のファンタジー作品を、スタジオジブリが映像化したもの。宮崎駿監督の長男・吾朗氏の第1回監督作品。

ちなみに私はおおまかな粗筋は知っているものの、原作は未読です。従って、あくまで単独の映画として感想を述べさせてもらう事をあらかじめここに記しておきます。

結論から言いますと、なんともキビシイ出来でした。何が厳しいって、どこから指摘していいのか判らない程でして…(汗)。とにかくバランスの悪さが目に付きました。脚本上のエピソードや各キャラの描写の掘り下げ、事態の説明等の程度・配分が全て悪い形に。

序盤、父王を刺して国を出た王子アレンと出会ったハイタカ(=大賢人ゲド)が旅路を共にしながら、世界が均衡を失い緩やかに滅びへ向かって歩み始めている事をアレンに語って聞かせるのですが、これが長過ぎます。かなり丁寧な大地や街の描写(この辺の美術に関しては素晴らしかったです)が伴い、世界の危機に関しては一定の説得力を持たせてはくれるのですが、一番の問題はそれが後の展開に全く結びつかない事です。

観ている側としては、これだけつぶさに描かれれば最終的に世界の危機と向き合う事になるのだろう、また市井の人々の堕落の描写やヒロイン・テルーとの出会いもあって(ようやく)物語が動き出す街・ホートタウンがメインの舞台になるのだろう、と考えるのが自然かと思われるのですがそうはならず

中盤以降、実際には郊外の田園地帯が舞台となり、悪しき魔法使い・クモがゲドへの私怨を晴らそうと、アレンの心の闇を利用して巡らせる奸計(何という事はない人質作戦・笑)に如何に対するか…という事が中心に。…せ、世界は!?

最後はクモを倒し、アレンも自身の闇を受け入れ成長(?)を見せ、テルーと良い感じになってよく判らないけど何だかめでたしっぽい空気を醸して終わります。ものすごく誤魔化された印象

基本的に、大事な事ほど「説明しない」か「台詞で説明」(映像作品なのに…)なこの映画では、小説で言うところの行間を、観客の側が想像して補う(かなり)好意的に解釈しない限り理解できない箇所が多く、前半と後半の遊離の甚だしさに関してはもう…、といった感じです(汗)。

「親に捨てられた」というテルーの過去も、その秘密を知ってしまうと文字通りには受け取れませんし、「いのちを大切にしない奴なんて、大嫌いだ!」と言っていた子が最後に取る行動がアレというのもどうなのか、と思ってしまいます(アレを“浄化”と好意的に解釈すればアリかもしれませんが)。

原作には無いとされる、冒頭アレンの父親殺し…。これも刺した所しか描かれないので、長く親子の間に何らかの軋轢があったのか、心の闇に突き動かされた発作的な凶行なのか判らず、王の生死も不明なので帰国したアレンが罪人として裁かれるか、父に赦されて悔悛の涙を流すか…も不明なまま。本作ではゲドはあくまで見守る立場で主人公はアレン、とするならばちゃんとそこまで描いて終わるべきだったのでは?

 

…崩れていたのは作中の世界ではなく、映画そのものの均衡だった、というお話。<ベタ

「第2回監督作品」があるかどうかはかなりアヤシイかと…(^^;

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